コケと動物との相互作用の研究について解説するページです。
コケ上で多様化した原始的なガ類 | 鱗翅目コバネガ科 Lepidoptera: Micropterigidae |
葉状タイ類上で多様化したアブ類 | 双翅目シギアブ科 Diptera: Rhagionidae |
水生セン類の葉を綴り、巣を作るユスリカ類(作成中) | 双翅目ユスリカ科 Diptera: Chironomidae |
コケへの隠蔽擬態の進化 | 双翅目シリブトガガンボ科 Diptera: Cylindrotomidae |
コケ上で多様化した原始的なガ類
ガ・チョウ類は昆虫のなかで最も種数の多い昆虫のグループの一つで、ほとんどの種の幼虫は被子植物を食べることで知られています。「コバネガ科 Micropterigidae」は、現生のガ類のなかで最初に分岐したとされています。コバネガ類の成虫はストロー状の口器ではなく、咀嚼型の大顎をもつといった原始的な特徴を持つことから、鱗翅類の起源を探る鍵として注目されてきました。
コバネガ類は世界の南極大陸を除くすべての大陸に分布しており、これまでに21属約160種が記載されています (Davis 2012)。幼虫のほとんどは、現生の陸上植物のなかで最も原始的なコケ類、そのなかでもタイ類を食べています。日本列島における多様性は顕著に高く、現在では4属20種の日本固有種を含む6属23種が記録されています(Imada & Kato 2018)。日本固有属は、すべてジャゴケ Conocephalum conicum (ジャゴケ科ジャゴケ属)のみを食草としています。
日本のコバネガ類 The Micropterigidae in Japan
- Micropterix Hübner, [1825] 1816
- M. aureatella (Scopoli, 1763)
- Paramartyria Issiki, 1931
- P. immaculatella Issiki, 1931
- P. semifasciella Issiki, 1931
- Issikiomartyria Hashimoto, 2006
- I. nudata (Issiki, 1953)
- I. akemiae Hashimoto, 2006
- I. plicata Hashimoto, 2006
- I. distincta Hashimoto, 2006
- I. bisegmentata Hashimoto, 2006
- I. hyperborea Imada & Kato, 2018
- I. leptobelos Imada & Kato, 2018
- I. catapasta Imada & Kato, 2018
- I. trochos Imada & Kato, 2018
- Melinopteryx Imada & Kato, 2018
- M. coruscans Imada & Kato, 2018
- M. bilobata Imada & Kato, 2018
- Neomicropteryx Issiki, 1931
- N. elongata Issiki, 1953
- N. kazusana Hashimoto, 1992
- N. bifurca Issiki, 1953
- N. cornuta Issiki, 1953
- N. matsumurana Issiki, 1931
- N. redacta Hashimoto, 2006
- N. kiwana Hashimoto, 2006
- N. nipponensis Issiki, 1931
- Kurokopteryx Hashimoto, 2006
- K. dolichocerata Hashimoto, 2006
日本列島におけるコバネガ類の食草転換を伴わない多様化
Yume Imada, Atsushi Kawakita & Makoto Kato. 2011. Allopatric distribution and diversification without niche shift in a bryophyte-feeding basal moth lineage (Lepidoptera: Micropterigidae). Proceedings of the Royal Society B 278:3026–3033. (doi: 10.1098/rspb.2011.0134)
コバネガ類は日本列島に広く分布し、数多くの種が知られています。このような多様性がいかに生じたかを調べるため、幼虫の食性との関連に注目しました。
日本のコバネガ類とスイコバネガ類を対象に幼虫の食性を調べたうえで、分子系統解析をおこないました。まず、コバネガ類は東アジア(日本と台湾)でジャゴケを食べるコバネガは単一の系統群であることが判明しました。化石を用いてこれらの出現した年代を推定したところ、日本を中心とした多様化は更新世という比較的新しい年代に起こったことが推定されました。
次に、スイコバネガ科の食性進化についても同様に推定しました。成虫はコバネガ類のように小さいですが、ストロー状の口器をもちます。幼虫は被子植物の潜葉虫として知られています。スイコバネガ類の系統樹から、カバノキ科を中心にブナ科、バラ科などへと食草を繰り返し変える食草転換 host shift が起きていました。
さらに、日本全国各地でコバネガ類の分布調査をおこなったところ、個々の種の分布域は特定の地域に限定されており、互いに重なり合うことがない、つまり異所的分布 allopatric distribution を示していました。
これらの結果から、日本のコバネガ類は地理的な隔離によって種が生じる、いわゆる地理的種分化 geographic speciation によって多様化したことが示唆されました。
さまざまな植食性昆虫において多様化の過程で食草転換をともなう例が多いため、しばしば、生態的な変化(例:食草を変える)が多様化を促進する生態学的種分化 ecologial speciation が強調されてきました。しかし日本におけるコバネガ類の食草転換をともなわない多様化は、そうした見方に一石を投じるものです。
南アルプスと東北地方に分布するコバネガの新属・新種の記載
Yume Imada, Makoto Kato. 2018. Descriptions of new species of Issikiomartyria (Lepidoptera: Micropterigidae) and a new genus Melinopteryx gen. nov. with two new species from Japan. Zoosystematics and Evolution 94 (2):211–235. (doi: 10.3897/zse.94.13748)
東北地方の4県(青森県、岩手県、秋田県、山形県)から、イッシキコバネ属 Issikiomartyria Hashimoto, 2006に含まれるコバネガの新種4種を発見、記載しました。これらの4つの新種は、いずれもきわめて局所的に分布していました。なかでもツガルイッシキコバネ Issikiomartyria hyperborea は、津軽半島固有種の昆虫として貴重な存在です。
これまで、東北地方全域でコバネガ類の分布調査をおこなってきました。食草種であるジャゴケは東北地方に広く普通にみられたものの、イッシキコバネ属は日本海側の多雪地帯を中心に分布し、太平洋側にはほとんど分布していないことが明らかになりました。イッシキコバネ属の分布には日本海側の積雪量の多い気候が関係しているのかもしれません。
また、赤石山脈(長野県、静岡県、山梨県の県境付近に南北に位置する山脈)には、3種ものコバネガが互いに近接しつつ生息していました。本研究でコバネガの分布境界を詳しく調べたところ、高標高地の数地点から、金または銅色がかった光沢のある翅をもち、雌雄の交尾器に固有の特徴がみられる2種のコバネガが初めて発見されました。これらを第4の日本固有属のコバネガ、タカネコバネ属 Melinopteryx として新属記載しました。
(最終更新日 2020年8月1日)




葉状タイ類上で多様化したアブ類
シギアブ科は直縫短角類(Orthorrhapha)に含まれるアブ類で、世界から16属約700種が知られています。非常に多くの化石が見つかっており、ジュラ紀から白亜紀前期にかけて最も卓越したアブ類の系統の一つと考えられています。
シギアブ科の多くの種は採集が難しく、生態はほとんど分かっていません。一部の種は幼虫が水棲生活を送ることが知られていますが、多くは陸生と考えられています。シギアブ科の幼虫の食性はきわめて多様です。これまで、昆虫捕食(Rhagio)、朽木食(Chrysopilus)、デトリタス食(Symphoromyia)、コケ食(Spania, Ptiolina, Litoleptis)の種が知られています。
Litoleptis属のシギアブがコケに潜葉する生態を解明
Yume Imada & Makoto Kato. 2016. Bryophyte-feeding of Litoleptis (Diptera: Rhagionidae) with descriptions of new species from Japan. Zootaxa 4097(1):41–58. (doi: 10.11646/zootaxa.4097.1.2)
シギアブ科Litoleptis属は世界に4種のみが知られていました。これまで、アラスカ、チリ、フィリピンからそれぞれ1種ずつの現生種と、白亜紀前期の化石種がスペインから発見されていました。
本研究では、日本各地からLitoleptis属6種の新種を記載しました。また、それらの幼虫がジャゴケやジンガサゴケなど特定のタイ類に潜葉するという生活史を突きとめました。コケを褥に準えて、これらのアブ類には「シトネアブ」と命名しました。
コケ食のシギアブ幼虫は食性とともに形を変えた
Yume Imada & Makoto Kato. 2016. Bryophyte-feeders in a basal brachyceran lineage (Diptera: Rhagionidae: Spaniinae): adult oviposition behavior and changes in the larval mouthpart morphology accompanied with the diet shift. PLoS ONE 11(11):e0165808. (doi: 10.1371/journal.pone.0165808)
この研究についてacademist Journal に記事を書かせていただきました(餌が変われば形も変わるー葉潜り虫の変身物語)。






コケへの隠蔽擬態の進化
コケに擬態する幼虫の生態と生態形態を解明
Yume Imada. 2021. Moss mimesis par excellence: integrating previous and new data on the life history and larval ecomorphology of long-bodied crane flies (Diptera: Cylindrotomidae: Cylindrotominae). Zoololgical Journal of the Linnean Society, 193(4): 1156–1204. (doi: 10.1093/zoolinnean/zlaa177)
背景
「シリブトガガンボ亜科」という昆虫の幼虫の姿は、他の多くのガガンボ類と大きく異なり,植物に巧妙に擬態しています。
とくにコケ上にすむ幼虫は、植物に紛れ込みやすい体色だけでなく、「肉質突起」とよばれる柔らかいツノのような構造物をもっています。しかし精巧な擬態ゆえに幼虫の採集は難しく、本群を扱った研究は過去半世紀ほどありませんでした。


本研究では、シリブトガガンボ亜科の昆虫がいかにコケなどの植物と関わり、それに擬態しているかを調べることで生物のさまざまな色や形が環境と他生物(餌生物や天敵)との関係のなかでどのように方向づけられているかという問いに切り込みました。
成果の概要
日本列島および北米大陸に分布する5属11種の幼虫を発見し、その生活史を解明しました。さらに、それらの幼虫の飼育,行動・形態観察によって、(1)幼虫の形態は生息環境などとどのように関連しているか、(2)肉質突起はどんな役割を果たしているかを解明しました。
(1)生態と形態の関連性
本群の幼虫はすべて植物食者で、コケまたは被子植物を食べ、陸上から水中に至る多様な環境に住んでいました。食性の異なる種の間では、形態(体色・斑紋・肉質突起)と行動習性(外部からの刺激に対する防衛など)も異なっていました。このことから、一連の形態・行動の違いは異なる環境への適応である可能性が示唆されました。とくに陸生コケ食者は、複雑に発達した肉質突起と斑紋パターンによって周囲のコケの陰影や輪郭をまねることで、視覚の優れた天敵の目をごまかしていると考えられます。
(2)擬態に関わる肉質突起は多面的な役割を担う
陸生コケ食者の運動性と内部構造を調べた結果、体の側面にある突起は、内部に筋肉が発達し、イモムシ(チョウ類の幼虫)の「腹脚」のような構造をなしており、それを前進する際の運動に役立てていることを初めて発見しました。これらの突起は、湿っていて足場の不安定なコケの上を這うように動き回るのに適した構造と考えられます。
さいごにー コケ擬態のパラドックス
シリブトガガンボ類の巧妙なコケへの擬態は、なんらかの視覚の優れた捕食者がいたために起源したと考えられますが,そうした天敵は未知です。陸上でコケを食べるシリブトガガンボ類のすみかである林床を覆うコケの絨毯は、大型の捕食者が少ない天敵不在の空間と表現されます。このいっけんパラドキシカルな進化の謎を解くために、天敵との関係を明らかにしていきたいと考えています。
(最終更新日:2022年6月6日)