Fossil record

東アジア最古の“葉もぐり虫”の化石

Yume Imada, Nozomu Oyama, Kenji Shinoda, Humio Takahashi, Hirokazu Yukawa. 2022. Oldest leaf mine trace fossil from East Asia provides insight into ancient nutritional flow in a plant–herbivore interaction. Scientific Reports, 12: 5254. (doi: 10.1038/s41598-022-09262-1)

研究の背景

“食痕化石”は、太古の植物と昆虫の関係を知る鍵

植物は、しばしば昆虫などに食べられた痕跡とともに化石となります。これらは、植物だけでなく、当時存在した植物食の動物の”行動”を記録する直接的な証拠です。食痕化石は、太古の植物がいかに昆虫などと関わりつつ進化してきたかを知る手がかりとして、近年、注目されています。

昆虫による植物の”葉潜り”の起源にせまる

植物化石に残る食痕から、それをもたらした昆虫についての情報が得られます。昆虫による植物の食べ方(摂食様式)は、昆虫分類群によって決まっています。潜葉(葉潜り)は、そのなかでもとくに植物を食べることに特殊化した摂食様式の一つとして知られます。

潜葉虫は、一生の大部分を植物の葉の内部で過ごします。親である成虫は、卵を植物に産みつけ、そこから孵化した幼虫は薄い葉の組織の内部にトンネルを掘るように食べ進みながら脱皮し、成長します。多くは葉の内部で蛹となり、成虫が羽化するときに葉から脱出します。葉の食べられた部分は「潜葉痕(マイン)」と呼ばれます。潜葉痕は葉の表面から透けて見え、そこから潜葉虫の行動パターンと成長過程が分かります。潜葉痕の形状は、それを作った昆虫の系統によって異なります。そのため、植物化石に残る潜葉痕を、その同時代にいた昆虫の系統、現生の昆虫の潜葉行動パターンなどと比較すれば、化石植物を食べていた昆虫の分類群が類推できます。

本研究では、美祢層群の植物化石に残る昆虫の摂食行動の証拠を探し出し、それを元に太古の植物と昆虫の関係の解明を試みました。美祢市歴史民俗資料館および化石館に保管されている美祢層群産の植物化石を調査し、それらのなかから昆虫による食痕を探索しました。

本研究の成果

資料館に長年、展示されていた1点のシダ植物の葉化石から、複雑な模様をなす黒い線を発見しました(図1)。

図1. 桃ノ木層産のシダ植物、クラドフレビス・ネベンシス Cladophlebis nebbensis の潜葉痕化石。潜葉痕は、写真中央付近にある。

その形状に見られる一定のパターンから、潜葉虫が食べた後に葉の内部に残す糞(”糞列”)であると鑑定しました(図2)。小型の潜葉性昆虫の幼虫がシダの葉の内部で生活し、脱皮を繰り返して成長しつつ、葉脈を回避しながら表皮組織または柔組織の一部を食べ、糞を残した結果として生じたものと考えられます(図3)。

図2. 潜葉痕化石の拡大写真

シダ植物、クラドフレビス・ネベンシス Cladophlebis nebbensis の5つの連続した小羽片上に、3つの潜葉痕が見つかった。

本標本が採集された桃ノ木層からは、非常に多くの昆虫化石も知られています。しかし現状では、潜葉虫であると推定されている昆虫は今のところ未知です。2億3000万年前の潜葉痕を形成した昆虫の正体は不明ですが、糞列の配列や形状などから、小型のガ類または甲虫類のものである可能性が高いと考えられます。

後期三畳紀(2億3700万年前〜2億130万年前)には、超大陸パンゲアの各地で異なる植物相が発達し、当時の陸上生態系は現在のものに近づきつつありました。この頃、現在もみられる昆虫のグループの祖先が多様化し、葉をかじるバッタや甲虫、植物から汁を吸ったり、虫こぶを形成したりするカメムシなど、植物を食べる昆虫が多様な行動の進化を遂げていました。とくに高度な植物食の行動である潜葉は、後期三畳紀までは非常に少なく、これまで5つの化石が潜葉痕と推定されていました。

桃ノ木層の潜葉痕は、現在の東アジアに相当する地域では最古の化石記録、信頼できる潜葉痕化石として世界最古級であり、大変貴重な例です。今回の発見から、後期三畳紀には、昆虫の潜葉という高度に植物食に適応した行動様式が、すでに多様な植物系統上で多様化を遂げていたことが示唆されました。

図3. 後期三畳紀の美祢で、シダの葉に潜る昆虫の復元図
シダや裸子植物が繁栄する環境で、甲虫またはガと推定される未知の昆虫がシダの葉に潜る行動をすでに始めていた。[画像提供:今田弓女 画:ツク之助]